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それでもボクはやってない
    2006年 12月 20日
【明治安田生命ホール】 ※試写会
『Shall We ダンス?』の周防正行監督が、11年ぶりにメガホンを取った本格的な社会派ドラマ。ある青年が通勤電車の車内で痴漢と間違われ、その後1年にもわたる裁判で自分の無実を訴える姿を通して、日本の裁判制度の問題点を浮き彫りにしていく映画だ。

想像した以上に、周防監督の日本の裁判制度に対する憤りが前面に出た作品、というのが第一印象。これまでの『Shall We ダンス?』や『シコふんじゃった』とはかなり趣を異にしている。しかしこの作品でも、私たちが知っているようで実は知らない裁判制度のディテールが手際よく描写されており、この点は学生相撲や社交ダンスなど、やはり一般に知られていない世界を活写してみせた過去の代表作と通じる部分だ。

もちろんシリアス一辺倒ではなく、笑えるシーンも随所に配置されている。また孤立無援だった主人公が支援者たちの支えによって徐々に希望を取り戻していく展開は、この後『Shall We ダンス?』のようなハートウォーミングな結末に向かっていくんだろうな、と思わせる..

予告編で「おかしい日本の裁判」、「不思議な制度」といった文言を聞いたとき、正直ピンとこなかった。日本の裁判制度って比較的まともに機能しているものだというイメージを何となく持っていたからだ。(たぶん大多数の人は同じだろう) この映画を観て、そんなイメージはガラガラと崩壊してしまった。この国の司法、裁判のシステムとはこんなにも歪んだものだったのか。これで法治国家といえるのか?とにかく現行の国民審査など形式的なものではなく、裁判官をきちんと監視、評価できるシステムが必要だと思う。

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それでもボクはやってない@映画生活

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プラダを着た悪魔 "The Devil Wears Prada"
    2006年 12月 14日
【Tジョイ久留米】
ジャーナリストを目指してニューヨークへとやって来たアンディが就いた職業は、NYの一流ファッション誌の編集長アシスタント。ファッションなど興味ゼロのアンディだったが、一流ジャーナリストへのステップになればという程度の考えで応募したのだ。しかし彼女のボスである編集長ミランダは、超カリスマ的な存在として誰もが恐れおののく、まさに「プラダを着た悪魔」だった。朝も夜もなく四六時中浴びせられるミランダの理不尽な命令に、たちまちアンディは挫けそうになってしまう..

もともとこういうコメディタッチのサクセスストーリー(ハリウッド映画の十八番)には食指が動かないんだが、この映画はリース・ウィザースプーンの一連の作品ほど能天気ではなく、結構シビアな部分もあってなかなか楽しめた。
やはりメリル・ストリープの悪魔ぶりが一番の見どころか。この手の映画ではありがちだが、途中で「実は良い人でした」などとはならず(そうなりそうな展開はある)、最後まで「悪魔」で貫徹しているところがいい。

しかし、このヒロインのように勤務時間外まであたり前のように業務命令(しかも公私混同)を言い渡されるなんてことが欧米でもあるんだね。これは驚きだった。この映画の原作者は、自身がヴォーグ誌に勤務した経験を基に執筆したそうだから、たぶん現実にあるんだろう。

あと、U2の曲(先日の日本公演で最初に演奏された"City of Blinding Lights")がまさかファッションショーの場面で使われるとは!かっての彼らの硬派なイメージを知る者としてはフクザツ..

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硫黄島からの手紙 "Letters from Iwo Jima"
    2006年 12月 09日
【ユナイテッドシネマ福岡】
戦況が悪化の一途をたどる1944年6月、硫黄島に新たな指揮官、陸軍中将 栗林が降り立った。アメリカ留学の経験を持つ栗林は、着任早々、無意味な精神論が幅を利かせていた軍内部を合理的に改めようとする。そんな栗林の登場に、硫黄島での過酷な日々に疲弊しきっていた兵士たちは微かな希望を見出すのだった。一方、アメリカの国力を熟知し、米軍との戦いの厳しさを誰よりも覚悟していた栗林は、本土防衛の最期の砦である硫黄島を死守すべく、島中にトンネルを張り巡らせ、地下要塞を築き上げるのだが..

感想といっても、いったい何と言えばいいのか言葉に詰まりそうになる。とにかく「面白かった」とか「感動した」、「考えさせられた」といった月並みな言葉では括れない、心にズッシリと重さが残る映画だった。

決して練りに練ったという作品だとは思わない。特に緻密な構成が見事だった『父親たちの星条旗』と比較すると、シンプルさが際立ってみえる。しかしそのシンプルさ故に、観客(特に私たち日本人)の感情にストレートに訴えかける作品になっているのは確かだ。時間的にもコスト的にも制約が多い中での撮影だったのだろうが、それでもイーストウッドの真摯な姿勢や作品に対する情熱は充分に伝わってくる。私は映画に描かれた「私たちの先人が体験した事実」を目の当りにして、ただ打ちのめされるしかなかった。

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U2来日公演から帰還②
    2006年 12月 01日
私のチケットの整理番号は2000番台後半だったので、開場時には並ばなかった。開演前から長時間立ったまま待つのも嫌だったし。ところが後の情報だと、開場時に入場していれば、ほぼ皆、例の「花道」の環の中に入れていたらしい。おまけに整理番号はロクにチェックされなかったとのこと。うわ~!わざわざ福岡から遠征してきたというのに、もう少々の苦労を惜しむんじゃなかったな。

結局、入場したのは開演30分ぐらい前。その時点で、「花道」(視認できないが)に沿って半円状に集団ができていたが、まだだいぶスペースは空いている。最初から人混みは避けて、マッタリと観るつもりなのか、エリア最後部で座り込んでいる人たちも目立った。とりあえず、なるべく前方に小柄な人が多い場所を探して陣取ることにする。

開演時間が迫ると、BGMが1曲終わるごとに歓声が起きる。皆ライヴDVDで予習しているのだろう、BGMがArcade Fireの"Wake Up"に変わるとひときわ高い大歓声。そしてこの曲が次第にフェイドアウトしていくと、エッジのギターが高らかに鳴り響き始める。やはりというか、ここで多くの客が前へ前へと押し寄せ出し、小柄な人が多いエリアを選んで位置取りしていたはずなのに、気がつくと目の前には長身の男性が並んでしまった。しまった!と焦っていると、突然、横の方からもの凄い歓声が。なんと、いつの間にかボノが日本国旗を持って登場。10mも離れていない花道を歩んでいるではないか!至近距離から見たボノは、やっぱりロビン・ウイリアムスそっくりだった(笑)

この日のU2は絶好調。最近のライヴDVDではボノのボーカルが苦しそうな場面が散見されたけど、そんな様子は微塵もなく、圧倒的なパフォーマンスをみせてくれた。後のTV出演で、ボノ自身が"Best show of my life"と語っていたが、それも納得。
加えて観客の盛り上がりも相当なもので、曲のサビの部分では必ずと言っていいほど大合唱が起こった。このレスポンスの素晴らしさには、ここは本当に日本か?まるで海外じゃないか、と思ったほど。日本では不人気といわれるU2だが、この日は「自分以外にもこんなに熱いU2ファンが大勢いるんだな」と確認できて、会場にいた皆は感動したんじゃないだろうか。

セットリストで嬉しかったのは"Walk On"を演ってくれたこと。できればフルバンドで聴きたかったところだけど、このアコースティック・バージョンも悪くない。逆に残念なのは"New Years Day"が無かったこと。今回、本当に一番聴きたかったのは"Original Of The Spicies"だったんだけど、オセアニアからのツアー再開後は全く演奏されてないので、はじめから諦めていた。この日のサプライズは、リリースされたばかりのベストアルバムに収録されている新曲"Window In The Skies"がツアー初演奏されたこと。それとラストが"One Tree Hill"だったことか。この曲大好きなんだけど、最終曲としては(直前のオセアニア公演では定番だった)"Kite"の方が良かったかなあ。やっぱり"I know that this in not goodbye"の言葉で幕を下ろして欲しかった。

あと笑ってしまったのが、会場出口近くに置かれていたテレビ朝日からの祝い花。「U2様へ」だって..海外アーティストには似つかわしくないと思うんだが。この花の前で記念撮影する人も結構いた。

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by coolkoro | 2006-12-01 23:30 | 音楽