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アビエイター "The Aviator"
    2005年 03月 29日
【T-Joy久留米】
b0004063_22254619.jpgラスト近くでの回想シーンで、幼少のハワードはこう呟きます。「大きくなったら大作映画を撮るんだ」、「誰よりも早く飛ぶんだ」、「世界一の大金持ちになるんだ」..
子供時代の夢を一つでも実現できる人間なんて、ごく稀にしか存在しないでしょう。しかしハワード・ヒューズは、父親から受け継いだ莫大な遺産にモノを言わせて、若くして子供時代の数々の夢を実現してしまった人物です。もっともハワードは成金のボンクラ息子などではなく、人並みはずれた才覚と野心を併せ持っているわけですが。(公聴会の席上で、彼を告発した上院議員を逆に追い詰めるシーンは痛快) 言ってみれば、彼はその財力と才能をもって、全ての夢を叶えてしまった稀有な男です。しかし、それって果たして幸福な人生だといえるのでしょうか?映画は最後に追うべき夢を失ってしまった男の虚無的な表情を捉えて終わります。彼に比べれば、一つの儚い夢を追い求める小市民的な人生の方がよほど幸せなのかもしれません。

アビエイター@映画生活
火火
    2005年 03月 21日
【WMC福岡ルクル】
b0004063_2259586.jpgとにかく田中裕子演じる女性陶芸家の存在感が圧倒的な映画です。彼女以外にも池脇千鶴 に遠山景織子、石田えり..この映画に登場する女性は皆決断力があって強いんですが、それでも田中裕子のパワーは際立っています。

彼女が演じる神山清子は、独自の古代穴窯による信楽自然釉を成功させたことで知られる女性陶芸家で、映画の前半は清子が極貧生活を経て次第に陶芸家として台頭していく姿を描いています。ところが息子の賢一が白血病に倒れてからの後半は、映画は一転して”難病もの”の色彩が濃くなっていきます。こうした転調が違和感をまったく感じさせないのは、映画の最初から終わりまで、清子の女性としての強さ、また芸術家としての強さに貫かれているからでしょう。芸術家活動に対しても、また骨髄バンク設立運動に対しても、やるからには徹底的に..決して半端はしない。

ネット上のレビューを読むと、「ドナー登録しよう、というメッセージが露骨」といったコメントが結構目につきましたが、これは当たらないと思う。映画はドナーから骨髄を採取する様子を克明に描いています。この場面を見ると、実際にドナーになることは”それなりの覚悟を要する”ものだと誰もが思い知らされるでしょう。決して気軽にできることじゃない。ここに、私はこの映画の誠意を感じました。

火火@映画生活
エターナル・サンシャイン "Eternal Sunshine of the Spotless Mind"
    2005年 03月 21日
【WMC福岡ルクル】
b0004063_22463955.jpg「マルコビッチの穴」の脚本家にジム・キャリーが主演。こりゃ、さぞかしブッ飛んだ映画になってるんだろうな..と予想してましたが、意外や真面目、と言うよりシビアなラブストーリーに仕上がっていました。

過去の記憶を思い起こしては、「もし、あの時こうしていれば..」とか「あんな事さえ起きなければ..」などと想いを巡らせる。こういうこと、私たち日常的にやってますよね。この映画は、そんな脳内の日常の行為を映像化したものと言えるかもしれません。奇抜なアイデアに立脚した作品であるにも関わらず、この映画には切ないほどのリアリティが溢れているのも頷けます。

私は忘れたい出来事はわりと簡単に忘れることができます。記憶のメカニズムには未だ解明されていない部分が多いわけですが、人間の記憶容量に限界がある以上、(映画の中のラクーナ社のように)忘れたい記憶を優先して忘却させる機能が自然と備わっているのでしょう。それでも”忘れたいのに、なぜか忘れられない”記憶というのもまた存在します。ひょっとしたら、それってクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)のように、記憶の中の住人が「リメンバー・ミー」と囁いているのかも..この映画を観て、そんなことを想像してしまいました。

エターナル・サンシャイン@映画生活
福岡県西方沖地震
    2005年 03月 20日
今日は映画サークルの会合に参加するために、福岡市内まで出かける予定でした。
地震が発生した午前11時前はちょうど自宅を出る直前でした。ここ1年くらいの間、ちょっとした地震(たぶん震度2くらい)はたまにあったんですが、今回の揺れはそんなものをずっと超えていたし、しかもなかなか収まらない。実際はそれほど長くなかったんだろうけど、5分間ぐらいは揺れが続いたように体感しました。本棚なんかもガタガタ揺れ続けて今にも転倒してくるんじゃないかと、結構怖い思いをしましたが、幸いに何一つ被害は被らずに済みました。

2階から外をのぞいてみても、いたって普段どおりの光景だったので、「かなり揺れたように感じたけど、大したことにはなってないんだな」と予定どおり外出しようと思っていたところ、テレビでニュース速報が入ってきました。これから向かおうとしている福岡市内では想像以上の被害が出ており、電車も地下鉄も止まっていて復旧の見通しは立たないとのこと。
「こりゃ行けそうもないな」と思っていたら、サークルのメンバーから「会場の施設が閉鎖になったので、今日の会合は中止します」とメールで連絡が入ってきました。

まもなくテレビで被害の映像が流れ始めました。大部分の窓ガラスが割れて道路に落下してしまった福ビルは、よく私が映画の前売券をチェックに行くプレイガイドが入っている所で、今日も立ち寄る予定にしていました。落下したガラスで負傷した人たちがいるようですが(あの通りの賑わいを考えるとそれも当然)、もし1時間でも早く家を出ていれば自分が被害者になっていたかも..と思うと背筋がゾッとしました。

福岡県内では数百人の負傷者が出たとのことで、間違いなく、私が勤務している久留米市の救急病院にも負傷者が搬送されているはず。(実際に搬送先の病院としてローカル・ニュースで報じていたと家族が教えてくれました) 今日が当直だったら、今頃は対応で忙殺されていたことでしょう。

また明日も休業する商業施設があるという報道があったので、明日出かけるシネコンに問い合わせてみたところ、「これから施設内を点検して、特に異常ないかぎりは予定どおり営業します」とのこと。これ以上の被害が発生しないことを切に望みます。しかし、未だに時おり余震が..
by coolkoro | 2005-03-20 23:56 | Others
ロング・エンゲージメント "Very Long Engagement"
    2005年 03月 15日
【T-Joy久留米】
b0004063_0533440.jpg”戦争中に行方不明になった恋人(もしくは夫)を探す”という映画は過去にもいろいろあった気がします。代表的なのはやはり「ひまわり」でしょうか。それらの作品に登場したヒロインはほぼ例外なく、”厳しい生活に耐えつつ、ボロボロになりながら愛する男を探し求めてさまよい歩く..”といったイメージでした。

この点、今回オドレイ・トトゥ演じるヒロインはまさに異色です。
両親の遺産に物を言わせて、人を何人も動かして情報を収集する一方、自分は牧歌的な田舎で叔父さん、叔母さんの世話になりながら専ら昔の想い出にふけり、それで有力な手がかりが見つかると、ようやく自ら動き出す..これほど裕福で他人依存型の主人公は珍しいでしょう。まあ彼女の場合、足が少し不自由だという設定ではあるんですけど。
普通の女優がこの役を演じたら観客の反感を買いかねませんが、そうならないのはオドレイ・トトゥのキャラクターに負うところが大きい。”思い込みが強い”、”妄想癖あり”とアメリのキャラと被っていたのも受け入れやすかった要因でしょう。

こんな型破りな女性を主人公に据えて、次々と展開されるJ.P.ジュネ独特の意匠を凝らした映像は本当に見ものだし、なかなか楽しめました。
難を言えばエンディングがちょっと常識的だったこと。それまでの展開から、ぶっとんだ結末を期待してたんですけどね。
ダブリン上等! "Intermission"
    2005年 03月 14日
【シネリーブル博多駅】
b0004063_21282756.jpg複数のエピソードが同時進行し最後にそれらが絡み合うという、最近よくあるパターンの群集劇で、言うなればアイルランド版「マグノリア」といったところ。
この映画で出色なのは、登場人物たちがやたら短気で喧嘩っ早い典型的アイリッシュぞろいということ。作品じたいの出来は悪くないので、彼らの無軌道ぶり、暴走ぶりを笑って楽しめる人は良いのですが、私はその点あまり適性がなかったようです。

万事にルーズで喧嘩っ早いといえば、例えば「ザ・コミットメンツ」の連中も同じでしたが、そんな彼らが団結してバンド活動に励むところが、あの映画で笑えて感動できるツボでした。ところが今回の連中は自らの愚行で行き詰った挙句に犯罪に走ってしまう始末.. 正直言って、共感というか感情移入はしづらいキャラでしたね。まあ、連中に愛嬌とか何がしかの魅力があれば少しは違ったのでしょうが。

忘れていましたが、これ、先日「ネバーランド」で思わぬ再会を果たしたケリー・マクドナルドが目当てで観た映画でした。おかげで、顔をブン殴られて鼻血を流す彼女の貴重?な姿を拝見することができました(笑)

ダブリン上等!@映画生活
カナリア
    2005年 03月 14日
【シネリーブル博多駅】
b0004063_21144626.jpg「害虫」「黄泉がえり」の塩田明彦監督が、オウム真理教事件をモチーフに描いた意欲作。テーマがテーマだけに、前作「黄泉がえり」の大ヒットがあればこそ実現した企画でしょう。

この映画で一番に印象に残ったのは、主人公である2人の少年少女を演じる石田法嗣、谷村美月が本当に素晴らしかったこと。2人とも目に力があるんですよね。もし彼らの役をアイドル然とした子役が演じていたら、映画のリアリティは大きく損なわれていたことでしょう。
まったく笑うことがなかった2人が、東京で再会した元信者たちとの交流の中で、次第に子どもらしい笑顔を取り戻していく場面は心動かされます。「どこまでもいこう」でも子どもたちの姿を実に自然に捉えていた塩田監督の手腕が発揮された名シーンです。

劇中、回想シーンとして教団施設での出来事がかなりの時間を割いて描かれますが、私はこれは要らなかったと思う。もっと光一と由希の旅に焦点を絞った方がメッセージも明確になり、解りやすい映画になったはず。カルト教団の実態を直接的に描いたことで話は拡がりましたが、その分収拾しきれず、未消化な部分が残ってしまった感は否めません。

もっとも今回、監督に解りやすい映画を作ろうという意図は毛頭無かったような気がします
映画の最後では思わず唖然とするようなギミックが用意されています。普通なら感動的なエンディングに導けそうな展開なのに、敢えてそうしないのも確信犯だと思います。
観客を泣かせて綺麗に終わるのではなく、観客の心に波紋を投げかける結末を選択したということでしょうか。

カナリア@映画生活
サイドウェイ "Sideways"
    2005年 03月 07日
【TOHOシネマズ久山】
b0004063_238888.jpgこの映画の主人公マイルズは、人生に行き詰まりを感じて、塞ぎこみがちの毎日を送っている中年男。A.ペイン監督の前作「アバウト・シュミット」でジャック・ニコルソンが演じた主人公もそうでしたが、この主人公が抱えている問題は第三者から見れば大して深刻なものではなく、贅沢な悩みと言ってよいでしょう。彼は永年の小説家志望なのですが、まだ自作を出版する機会は得られない。また2年前に経験した離婚の痛手を未だに引きずっている..しかし彼は失業しているわけでもなく、教師という安定した職業に就いていて、それに今回の映画のように、思い立てばまとまった休暇を取って趣味の旅に出ることだってできる。自分はそんなに休み取れないぞ!何の不満があるの?そう言いたくなるのは私だけではないでしょう...たぶん。
こんなことでウジウジと悩んでいる男を主人公に据えて、観客を楽しませる映画を作ることは、作り手に相当な技量を要求されるものでしょう。今回、ペイン監督はそのきめ細かな日常描写と、ワインをモチーフにしたユニークな語り口で、観客を最後まで飽きさせることなく共感を呼べる作品に仕上げています。

今回の旅の相棒ジャックはどうしようもない女好きで、しかも自己中心的。マイルズは散々に振り回されます。もうこんな奴とは絶交しろよ!と思わず言いたくなりますが、そんなジャックもギリギリのところで、マイルズに対する友人らしい思いやりを垣間見せる瞬間があって、ああ悪い奴じゃないんだ、こんな感じで彼らは学生時代からの腐れ縁を続けてきたんだな..と思わされます。演出といい演技といい、この辺の描写は秀抜。

ジャックに比べると、マイルズの方は分別のある人間です。しかし彼の小説の出版話がダメになったと知らされると、つい自暴自棄になってしまい、とあるワイナリーで醜態を晒してしまいます。映画はこんな2人のダメさ加減を容赦なく描きだしていきますが、決して2人を突き放すのではなく、その視線にはどこか温かみを感じます。彼らのやってることはバカに違いないのだけれど、でもそれって解るよ、男っていくつになっても子どもなんだし..だなんて自身が男である自分は感じてしまいました。ここらあたり、女性の観客の眼にはどう映るのでしょう?興味があるところです。

映画の終盤はマイルズにとって辛い展開になります。彼は打ちひしがれるように家へ戻るのですが、エンディングでは少しばかり救われる出来事が彼を待っていました。これは「アバウト・シュミット」とまったく同じ構成ですが、同じだから芸が無いというのではなく、物語としてあるべき帰結にたどり着いたという感じで、とても好感が持てました。

サイドウェイ@映画生活
ローレライ
    2005年 03月 07日
【TOHOシネマズ久山】

b0004063_230554.jpgこれは期待はずれ!
この映画に時代考証や科学的な意味でのリアリティを期待するのはナンセンスでしょうが、それでも劇映画としてのリアリティはきちんと追求すべきです。つまりは、もっと上手いウソをつけってこと。いかに上手くウソをついて、荒唐無稽な内容に真実味を与えられるか、ということがこの手の映画のキモだと思うのですが..

例えば美術について言うと、そもそもメカのデザインがあまりに現代的..を超えて近未来的すぎるし、最終兵器ローレライ・システムが起動するや司令室のモニターにはCG画像が映し出される始末。この辺り、もう少し第2次大戦という時代設定に適ったレトロな表現ができなかったものでしょうか?

致命的なのは、決死の任務を遂行すべく潜水艦に搭乗しているクルーたちがまったく軍人に見えないこと。ルックスには目をつぶるとしても、彼らの話し方や立ち振る舞いまで、まったく今時の若者のノリのまんまで、いくら何でもこれではマズいでしょう。そして彼らはいとも簡単に命令違反を犯しますが(これって軍隊では重罪でしょ?)、上官も妙に理解?があって、「罰として便所掃除でもさせときますか」 これで軍隊としての規律が保てるの?これから決死の作戦を遂行しようというのに。
クルーの中には一升瓶を持ち込む機関士とか、「平時なら俺は甲子園の英雄だったんだぜ」と野球ボールを肌身離さず持ち歩く兵士といった、何とも日本映画ではありがちなキャラも登場します。もし彼に軍人としてのリアリティが表現できていれば、戦争のために犠牲になった青春の悲哀なんかも感じられたのかもしれませんけど..

ローレライ@映画生活