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IMAX版 「スパイダーマン2」
    2004年 09月 30日
品川IMAXシアター

b0004063_214173.jpg東京出張で品川プリンスホテルに宿泊したのだが、その中にあるアイマックスシアターで”巨大映像版”「スパイダーマン2」が上映されていた。これまで「エベレスト」や「T-REX」といったアイマックス専用の短編作品は観た経験があるが、一般映画の巨大映像版というのは初めて。せっかくのチャンスなので、一般劇場で観たときと比較するために観てみることにした。

エスカレーターでシアターがある6階に上がると周囲は閑散としていて驚いた。ちなみに3階にはホテル直営のシネコンが入っているのだが、その3階を過ぎるとめっきり人通りが少なくなる感じだ。こりゃ、やっぱりシネコンと同じフロアに配置すべきだったんじゃないか?

入場すると、はたして観客は30人程度。皆、傾斜がきついスタンド席の中段あたりに集中して席取りしている。平日とはいえ、ホテル周辺は人がウジャウジャいることを考えると、あまりに寂しい入り具合だ。
※ここから続き
上映が始まり、IMAXのロゴと"FEEL BIG"の文字が映しだされる。壁一面ぜんぶスクリーンって感じで、さすがにデカい。今からこの超ド級の大画面でスパイダーマンが観られるかと思うと、ワクワク感も最高潮に! しかしどうだ、次の瞬間、画面の上下がスルスルと縮んでいくではないか。ちょうど普通のテレビでワイドスクリーン版のDVDを観るように、画面の上下に黒のマスクがかかった格好だが、最初のオープニング画面と比べるとかなり小さく感じてしまうのは否めない。
「いや、これでも通常のスクリーンより遥かにデカいんだ」と一生懸命自分に言い聞かせるが(実際そうだが)、映画が始まって10分も経つと、だんだん目が慣れてきてしまった。
個人的には、トリミング方式でいいからIMAXのフルスクリーンで上映して欲しかったな。IMAXって、どちらかというと通常の映画よりアミューズメントパークに近い存在だと思うし、少しでも大きいサイズで観たいと思うんだけど.. その意味では、できるだけ前の席で観た方が良さそうだ。だからバイリンバルの方以外は吹替え版の方をお薦めする。そういえば字幕は明朝体だったが、本編で使われるのは珍しい気がする。(予告編ではよく使われるけど)
ジーナ・K
    2004年 09月 21日
西鉄ホール(※アジアフォーカス福岡映画祭・協賛企画として特別上映)

b0004063_2261183.jpg 【監督】藤江儀全
【出演】SHUUBI、石田えり、光石研、ARATA、永瀬正敏、石井聰亙、片岡礼子

福岡・中洲に君臨する伝説のストリッパー・カトリーヌ。その娘かやのは、母親との葛藤から家を離れ、街をさまようようになっていた。ある日かやのは、カトリーヌをストリッパーとして育てた男、宮本と再会する。カトリーヌの人気の翳りに見切りをつけていた宮本は、かやのが過去に一度だけステージで歌った時に見せたその才能に目をつけていたのだ。宮本が用意したシナリオにしたがって、ジーナ・Kとしてライブハウスで歌うようになるかやの。次第に、つくられたジーナ像と自身とのはざまに苦しめられるようになっていた..

上記のストーリー(映画祭HPからのコピペ)を読んで、ベット・ミドラーの『ローズ』を連想して期待していた映画だった。地元福岡発の作品でもあるし、ご覧のようにキャストも豪華だ。(ヒロインは福岡出身のシンガーらしい。舞台挨拶ではアカペラで生歌も聴かせてくれた)
しかし残念ながら映画の出来にはガッカリした。そもそも上記のようなストレートなお話ではなく、ウダウダと紆余曲折しながらストーリーは進行していき、非常にテンポが悪い。また何となく監督の思い入れは感じるのだが、観客には意味不明なシーンも少なくない。劇場公開は来年3月だとのことだから、余計なエピソードは削除して再編集した方がいいんじゃないだろうか。
堕天使のパスポート  "Dirty Pretty Things"
    2004年 09月 21日
シネテリエ天神

b0004063_215968.jpg 『アメリ』のオドレイ・トトゥが、社会の底辺で生きるトルコ人移民という汚れ役に挑んだ意欲作。トルコ訛りの英語で熱演する彼女をはじめ、主要キャストの好演が光り、不法移民として生きるしかない弱者の現実を容赦なく描いた見応えある作品に仕上がっている。
同じマイノリティがより弱い者を喰いものにしている現実は悲しいが、このような構図はどこの社会も同じなのだと痛感した

しかし終盤の展開に無理があって、ちょっと釈然としないものが残るのも事実だ。この部分だけはハリウッドの一発逆転コメディ(例えばエディ・マーフィーの『大逆転』)に近いノリで、作品全体の中で浮いている。ネタバレになるので具体的に書けないのだが、どう考えても非現実的としか言いようが無い。多少無理な作劇をしなければ、映画に描かれた(ちょいホロ苦いが)希望が持てる結末に導くことは無理だったということなのだろうか?

堕天使のパスポート@映画生活
ジャパニーズ・ストーリー "Japanese Story"
    2004年 09月 20日
エルガーラホール(アジアフォーカス福岡映画祭にて上映)

b0004063_938095.jpg 地質学者サンディは、自分が開発したソフトウェアを売るため、渋々ながら無口な日本人ビジネスマンであるヒロミツの世話をすることになった。ヒロミツは彼女を運転手だと誤解し、オーストラリア西部ピルバラ地方の鉱床と砂漠に案内するよう頼む。しかしそこには危険が待ち受けていた.. シドニー出身で、最近は「シックス・センス」「めぐりあう時間たち」などハリウッドでも活躍が目立つトニー・コレットが出演した地元オーストラリア映画。

 ???というのが観終っての率直な感想。中盤までは典型的なロードムービーだ。異文化どうしのぎこちないコミュニケーションから始まった2人の関係が、旅先で遭遇するいろんな出来事を経て少しずつ親密になっていく..という、ありがちではあるが、非常にわかりやすい展開だった。
 ところがこの映画、終盤にさしかかったところで、唐突に唖然とするような”事件”が発生して、そのまま予想もしなかった結末を迎えてしまうのだ。この通常の劇映画では考えられないドラマ展開にどのような意図があったのか?、私には正直わからない。またトニー・コレット演じるヒロインの心情についても同様にわからない。せっかくの映画祭なのだから、この辺はぜひ監督なり出演者なりに直接お尋ねしたいものだが、残念ながらこの作品はゲスト無しで、ティーチインは行われなかった。
 
 しかしながらこの作品、国際的にはかなり高い評価を受けているらしい。特にトニー・コレットは多数の演技賞を受賞している。一体どこが高評価のポイントになっているのだろうか?
 その手がかりになればと思いIMDBの掲示板をチェックしたみたが、やはり「わからない」というカキコミが目につく。少なくとも一般人にとっては、国内・海外を問わず難解な作品に違いないだろう。
スクール・ウォーズ HERO
    2004年 09月 20日
シネリーブル博多駅

b0004063_9361212.jpg 一言、すばらしい。本当に満足した。私の場合、もともとTVシリーズの過剰な脚色部分が好きではなかったので、今回の映画化は「そう!これが見たかったんだよ」と思わず言いたくなる出来ばえだ。
 実は最初にキャスト・スタッフの名前を知った時、「こりゃ期待できんわ」というのが正直な印象だった。しかし完成した作品を観た今となっては、彼ら全員に「失礼しました」と謝るほかにない。

 この映画に対して「今さらスポ根かよ?」といった反応を示す人は多いだろう。私の周辺も実際そうだし。確かに予告編を見るとアナクロなシーンやクサい台詞のオンパレードだ。しかし本編で映画全体を通して見ると、これらのシーンや台詞は決して浮いておらず、むしろ見事にハマっていることに驚く。これは現実のエピソードを下手にいじらず、しかも丁寧に描いているからだと思う。こうした原作の感動をストレートに表現しようという姿勢は大いに評価したい。

 試合シーンの迫力も特筆ものだ。国産のスポーツ映画としては画期的と言っていいだろう。また前半の山場、強豪チームに112-0で大敗する場面でも、「必死に抵抗しようとするのだが、まるで歯が立たない」というニュアンスがよく出ていて感心した。(だから試合後、全員が「悔しい!」と崩れ落ちるシーンが活きてくる) これがTVドラマ版では、ただ相手チームが一方的にトライの山を築くのみ..何とも平板でマンガ的な描写だったのに比べると格段の違いだ。
 
スウィングガールズ
    2004年 09月 17日
天神東宝

b0004063_2338206.jpg女子高生とJAZZ、東北の田舎町とJAZZって取り合わせは面白いし、ガールズの皆も個性豊かでユニークな面子が揃ってる。実際、笑えるシーンも多いんだけど、映画全体を通して見ると、どうもいまひとつ満足度が低いんだな。

イノシシに追われるシーンなんか典型だけど、笑えるポイントはどれも一発芸みたいなもの。必然性があろうが無かろうが、とにかく笑えるシチュエーションを強引に作って、映画のあちこちにバラまいた感じが否めない。
そんな安易にウケを狙ったシーンの数々のせいで、本来ストーリーの要となるべき、彼女たちの演奏が上達していく過程の描写がずいぶん省略されている。
まあ作り手側としては、単調になりがちな演奏の特訓シーンよりも、笑いを取りやすいギャグを多く入れる方を優先したんだろう。
しかし、演じている彼女たちは現実に猛練習を体験している(その結果、吹き替えなしで演奏できている)わけで、それなのに、映画ではそれを描かないのはもったいないと思う。
やっぱり「ガールズの皆は頑張った!」という実感がもう少しでもあれば、ラストのカタルシスはずっと大きくなったと思うのだが..
台湾往事 "My Bittersweet Taiwan" (2003年 中国)
    2004年 09月 12日
エルガーラホール(アジアフォーカス福岡映画祭にて)

日本統治下の台湾の農村。父が亡くなり、3人の子どもを抱え苦労する母。そのような中で、少年・阿文はさまざまな経験をし、成長していく。中学卒業前になって阿文は少年学徒兵として入隊させられるが、その後、日本が降伏。成績優秀な阿文は公費留学生として大陸へと渡った。しかし1949年。大陸と台湾の往来は断絶され、その後30年が過ぎても、阿文は恋人や家族の元へ帰ることはできなかった..

映画祭のメルマガによれば、この作品、中国でも権威ある映画賞で最優秀作品に選出されたということなのだが、正直言って期待外れだった。
まず描写が不十分というか、意味がよく伝わらない箇所が幾つか見受けられる。
この映画のファーストシーンは主人公が生まれる病院での騒動が描かれているが、何でこんな騒ぎになっているのか最初まったく判らなかった。ようやくそれが理解できた(というより見当がついた)のは映画の中盤に差しかかってきた頃だ。それが作者の意図とも思えないが。
また、もし中国・台湾の歴史を知らない観客がこの作品を観たら、親子が30数年も生き別れになってしまった事情を誤解するのではないだろうか?この映画の描写だけだと、それが政治的状況によるものではなく、まるで親もしくは子のどちらかが意図的に縁切りしたように思えるのだ。
もちろんこの映画は中国国内の観客を第一に想定して作られているわけだが、実際今回の他にも幾つかの国際映画祭に出品しているのだから、どこの国の観客が観ても一応の理解はできる説明を入れるべきだろう。

肉親が生き別れになる30数年の年月の重みがまったく感じられないのも大きな減点材料。
なにしろ主人公が大陸に旅立って、次のシーンではいきなり30数年後へ跳び、そしてまもなく親子は再会を果たすのだから、これでは最高に感動的であるはずの再会シーンも何だか拍子抜け.. 90数分という上映時間が足かせになったことは想像がつくが、たとえ長い時間をかけなくても年月を実感させる工夫はできただろうに。
冷たい涙 "The Tears of the Cold" (2004年イラン)
    2004年 09月 12日
ソラリアシネマ1(アジアフォーカス福岡映画祭にて)

b0004063_18325126.jpgクルド人が居住する国境近くの雪深い村を舞台にした、イラン軍兵士とクルド・ゲリラの娘の物語。クルドの過激派が仕掛けた地雷除去作業に従事している兵士は、羊飼いのクルド人の娘と出会う。しかし彼女は軍兵士暗殺の任務を負い、彼をつけ狙っているのだった。ある猛吹雪の日に2人はそろって遭難してしまい、嵐が去るまで洞窟でしのぐことになる。彼女の正体を知らない兵士は、献身的に娘の世話を続けるが..

上映後のティーチインに登場した監督と主演女優は「イランにおける映画製作にはいろんな困難が避けられない」と何度も強調していた。一つはスタジオの技術的問題であり、この映画の場合、洞窟のシーンは当初セットで撮影する予定だったのだが、リアリティの点で問題があり、結局、実際に吹雪の中、洞窟でロケ撮影を決行したそうだ。おかげでキャスト・スタッフとも死ぬような思いを体験したそうだが、映画では文字通り迫真のシーンに仕上がっている。
また一方の困難とは検閲のことで、やはり政治的なメッセージなどを直接的に描くことは無理なようだ。そうしたメッセージを作品に込めるためには、監督の言葉を借りれば「芸術的な装飾」が必要だとのことである。
この映画はそうした制約の中で、精一杯に反戦メッセージを表現した作品として高く評価したい。

映画は観客に対して、ある悲劇的な結末を予感させる作りになっている。しかし、その予感は外れ、ホッとしていたところに予想をしていなかった別の悲劇が起り、やはり映画は悲しい結末で幕を下ろすことになる。このように巧みに観客をミスリードしていく作劇も見事だ。

また映画の終盤で登場する花の使い方は、「西部戦線異常なし」における蝶を想起させて、これも印象的だ。主演女優によれば、この花は雪にも負けずに咲く花としてイランでは知られており、どんな困難にも負けずに希望を抱き続けていくことを象徴しているという。
ルオマは17歳 "When Ruoma was Seventeen" (2002年中国)
    2004年 09月 12日
エルガーラホール(アジアフォーカス福岡映画祭にて)

b0004063_18273310.jpg中国雲南省の山頂付近の村。民族衣装を身にまとい、観光客が行き来する道端で焼きトウモロコシを売っている少女ルオマ。雲南省にハニ族として生まれたルオマは17歳。祖母によって育てられた。ある日彼女は、借金を抱えた写真家の青年アミンと出会う。アミンは、観光客がルオマと一緒に写真を撮りたがるのに注目。自らのカメラの腕を生かし、彼女をモデルに世界遺産の棚田を訪れる観光客相手に写真撮影の商売を始めるが..

上のストーリー説明は映画祭公式サイトからのコピペで、「世界遺産の棚田」という表現になっているが、正確には、この映画の製作時はまだ世界遺産ではなかったらしい。映画の国際的反響が貢献して、晴れて世界遺産の登録を果たしたそうである。(..と監督は胸を張っていた)
確かにこの棚田の雄大な光景は、辺境に生きる少数民族の文化・生活の描写とともに、この映画の大きな魅力となっている。

近代化の波が少しずつ忍び寄り、やがて消えゆくであろう伝統文化..このままで良いのか!というのがこの映画のメッセージであるが、それをストレートに表現するのではなく、17歳の少女のほろ苦い初恋物語を中心に据えて情感豊かに描いている。劇中でエンヤの曲が実に効果的に使われているのも印象的だ。ところで下世話な話だが、この曲の使用に際して著作権料は支払われているのだろうか?できればティーチインの時に質問したかったのだが、これはさすがに無理だったな(笑)

ところで舞台挨拶にはルオマ役の主演女優が(映画で着用した)伝統衣装姿で現れたのだが、これに観客は大喜び。上映後のロビーでは、まるで映画に登場する観光客さながらに、彼女との記念撮影をせがむ者が殺到していた。次の作品上映の準備に支障が出そうで、スタッフは相当イライラしていたが..

※追記 すでに日本配給が決まっているらしいが、この「ルオマは17歳」は仮題らしいので、劇場公開の際は別の題名に変わっているかもしれない。私の勘では、たぶん同じだと思うが。
House of Sand and Fog
    2004年 09月 01日
DVD(輸入版)鑑賞

b0004063_2346175.jpg以前書いたように、日本公開を待ち続けているのにさっぱりその気配が無いので、ついにAMAZON.COMで輸入版DVDを購入してしまった。

イランから妻子を連れてアメリカへ移住してきた元軍人のベラーニ (ベン・キングズレー)は、市によって差し押さえられた一軒家を競売によって破格の金額で購入することに成功する。しかし実はその家は行政の手違いによって押収されたものであった。元の住人であるキャシー(ジェニファー・コネリー)は、父が遺してくれた家を何とか取り戻そうと懸命になるが、経済的に逼迫しているベラーニは、自分が購入した額ではなく、その何倍もの市場価格を支払わないかぎり家は空け渡さないと主張する。一方、キャシーに好意を持つ保安官のレスターは次第に職務を逸脱してゆき、ついにはベラーニ一家に対して脅迫的行為に出るのだった..

一言..暗い映画だ。映画の冒頭でいきなり、この物語は悲惨な結末を迎えることが示される。物語の途中でキャシーとベラーニは和解し、一旦は望ましい解決に向かうかのように思われるのだが、こちらは最初から結末を知らされているので、結局、最初から最後までずっと暗澹たる気分で映画を観続けることになる。
何を好んでこんな暗い映画を観ないといけないんだ?とも思うが、登場人物は皆良識を持った市民であるはずなのに、ちょっとしたボタンの掛け違えから、加速度的に事態が悪化していく怖さは非常にうまく描かれていて、人間ドラマとして十分見応えがある。アンハッピーエンドもハリウッドのメジャー作品と差別化するうえでは、意外と集客の点でも有効なのかもしれない。

演技陣は皆素晴らしい。今年のオスカーで主演男優賞にノミネートされたベン・キングズレー(しかし「ガンジー」をはじめ、いろんな人種を巧みに演じる人だ)は言うに及ばず、対するジェニファー・コネリーの演技もこれまでのベストではないだろうか。少なくとも、オスカー受賞の「ビューティフル・マインド」の時と比較してもずっと巧い。

しかし日本での劇場公開はいつになるのだろう?ひょっとしてビデオスルーかな?

※追記 ..と書いたとたん、11月に「砂と霧の家」の邦題で劇場公開が決定してしまった。
     DVDを輸入すると日本公開が決まる、というジンクスはやっぱり生きていた(笑)