カテゴリ:劇場鑑賞( 140 )
   
バベル "Babel"
    2007年 04月 30日
【T-ジョイ久留米】

昨年のカンヌ映画祭で話題を呼んでから早や一年。ずいぶん公開まで待たされただけ期待も大きかったのだが、正直、やや期待はずれ。
複数のエピソードが同時進行してゆき、それぞれの登場人物たちが実はある絆で繋がっていたことが段々とわかってくるという展開は、同じ監督の前2作と共通するものだが、今回は舞台が国際的にスケールアップしたぶん、物語に生々しさが消失してしまった気がしてならない。

私が一番気になったのは、役所広司と菊地凛子が登場する日本のエピソードが、他のモロッコ、メキシコのそれと比べて突出してわかり難い点だ。菊地凛子の体当たり演技の迫力で、まあ最後まで飽ききずに観られるが、やはり釈然としないものが残る。

映画では役所と菊地が演じる人物の背景はほとんど説明されない。なぜ2人の関係がギクシャクしているのか?役所の妻が死んだ理由は何なのか?(背景が描かれないのは、ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットのエピソードも同じ) それはいいと思う。しかし、現在進行形のドラマについては然るべき説明があってよかったのではないか。例えば菊池が刑事に渡した手紙。彼女は一体いつあの手紙を書いたのだろう? 刑事が彼女のマンションを訪ねている間だと考えるのが自然だが、映画の描写からすると、そんな時間があったとは思えない。それとも2人の間には映画に描かれなかった事実がいろいろあったのだろうか? そもそも手紙には何が書いてあったのか? これは物語の重要な鍵だと思うのだが、それが明らかにされないまま迎えるラストシーンは、予定調和的なハッピーエンドという印象でしかなかった。 

「バベル」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_044724.jpg

松ヶ根乱射事件
    2007年 04月 23日
【シネテリエ天神】

1990年代の雪深い田舎町を舞台にした、山下敦弘監督による毎度ながらの脱力系コメディ。
どうもコーエン兄弟の『ファーゴ』を翻案したフシがあり、冒頭の「多少の脚色はあるが、この映画で描かれた出来事は事実である..」のテロップからしてニヤリとさせられる。

この監督のテイストは好きなので今回も退屈しなかったが、個人的に『リアリズムの宿』や『リンダ、リンダ、リンダ』にはあった叙情が感じられなかったのが残念。今回は別の映画を撮ったんだ、と言われれば一言もないが、私はこれまでの彼の作品の、行間から漂うような叙情感がとても好きだったから。

ようやくタイトルの意味がわかるラストシーンに私は笑ったが、「何だ、こりゃ!」と怒る客もいるだろう。元アイドルタレントの川越美和は、よく思い切ってこの役を引き受けたもんだと思う。しかし彼女の怪演ぶりは収穫だった。

「松ヶ根乱射事件」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_20531788.jpg

神童
    2007年 04月 23日
【シネリーブル博多駅】

原作コミックとクラシック音楽に拘りがある人には概して不評らしいが、どちらでもない私は結構楽しめた。天才的なピアノの才能を持つ中学生の少女と、ピアノの腕はイマイチな音大生という、年齢も境遇もパーソナリティーにも隔たりがある2人の距離感が面白い。

成海璃子は撮影当時13歳とは思えない存在感が感じられ、それでいて瑞々しい魅力も光っている。女優に関していえば、新しい才能が続々と誕生している日本映画界だが、それが10代前半の世代にまで及んでいるだなとつくづく感じる。あと松山ケンイチって、ちょっとカッコ悪めの役も意外とハマるんだなと感心した。

「神童」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_19291271.jpg

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
    2007年 04月 20日
【Tジョイ久留米】
この原作小説の存在はずいぶん前から知っていたが、てっきり関西地方のお話だと思っていた。それがフジテレビの連続ドラマを見て、はじめて主人公が福岡出身者なのだと知り、とても意外だった。福岡ではふつう両親のことを「オカン」、「オトン」とは呼ばないと思うのだが。

今回の映画版は「泣かせ」のツボをあえて外した、抑制された演出が光る佳作だ。最近でいえば『眉山』のような、ステレオタイプな「母子もの」とは一線を画していると思う。
映画の場合、連続ドラマに比べて尺の長さという点でハンデがあるのは否めないが、現在のシーンをベースに回想シーンを織り交ぜるという、時間軸を交錯させる構成によって、駆け足の展開という印象を巧く回避している。ただ大学受験の頃までの主人公は子役が演じているのに、入学したとたんオダギリ・ジョーに代わってしまうのは違和感が残るところだ。(同じようにオカン役も、実の親子である内田也哉子から樹木希林へ唐突に交代する)

実はドラマ版の倍賞美津子を見て、「これ以上のオカン役はありえないだろう」と思っていたのだが、映画の樹木希林も流石としか言いようがない芝居をみせる。なかなか甲乙つけがたいのだが、「九州の母」としてのリアリティという一点で樹木希林の方が僅かに上をいっていると感じた。
一方、主人公のボク役であるオダギリ・ジョーは、この役にはちょっと垢抜けすぎではないだろうか? この点、ドラマ版の速水もこみちの方が、演技力ではオダギリに遠く及ばないものの、地方から上京してきた若者という感じはよく出ていたような気がする。

「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_11172964.jpg

ブラックブック "Zwartboek"
    2007年 04月 14日
【Tジョイ久留米】
この映画、福岡市内のシネテリエ天神で観た知人たちから「ミニシアターで上映する映画じゃない」、「大画面で設備充実のシネコンで観たかった」という感想を聞いていた。久留米のTジョイだとその願望が叶うわけだが、私が観た回、観客は私も含めて2人だけ..つまりはそういうことだ。
この作品、ヨーロッパ映画としては破格の制作費をかけた大作なわけで、母国オランダでは大ヒットを記録し、先のアカデミー賞でも外国語映画賞候補に選ばれている。しかも監督は『ロボコップ』や『氷の微笑』のヒットメーカー、ポール・ヴァーホーヴェン。それでも「ハリウッド製」でないというだけで、日本では興行的に期待できない地味な作品という位置づけになってしまう。たいして宣伝もされないので、当然、一部のコアな映画ファン以外に関心は集まらない。

ナチス占領下でのレジスタンスを描いていると聞いて、故国に戻って趣旨替えしたのかと思ったが、実際観てみれば、あいもかわらずヴァーホーヴェンらしい悪趣味全開の映画で、これがなかなか面白い。グロ描写の耐性が弱い私にはキツい場面もあるにはあるが、ギリギリ許容範囲といったところ。
それにしても、この脚本を読むなり「絶対に出たい」と思ったという主演女優(カリス・ファン・ハウテン)の役者根性はたいしたものだ。文字通り、これ以上の「汚れ役」(映画を観ればこの意味がわかる)もないだろうに。『眉山』の松嶋菜々子あたりも、少し見習ってもらいたいところだ。

「ブラックブック」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_21483275.jpg

ブラッド・ダイヤモンド "Blood Diamond"
    2007年 04月 14日
【Tジョイ久留米】
この日、午前中はどしゃぶりの雨だったのがお昼近くには晴天に変わり、午後になると「これは台風か!」としか思えない強風が吹き荒れるという、なんともメリハリが効きすぎた天気だった。
映画館のロビーでは、地元久留米で撮影され、近々先行公開される映画『卒業写真』の予告編と同名の主題歌がエンドレスで流されていた。

『ブラッド・ダイヤモンド』はエンタテイメントと骨太のメッセージが絶妙に融合された傑作。今年ここまで観たアメリカ映画では文句なしのベストだ。
ディカプリオも渋い役が似合う役者に成長したんだなと実感。ほんの数年前の『アビエイター』では、かなり無理してるなという印象が強かったものだが。
この映画のモチーフとなっている「紛争ダイヤモンド」は確かに象徴的だが、ダイヤモンドに限らず、先進国における贅沢な生活とは基本的に第三世界の犠牲のうえに成り立っているのかもしれない。

「ブラッド・ダイヤモンド」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_20372294.jpg

眉山-びざん-
    2007年 04月 12日
【エルガーラホール】(試写会)

上映前に犬童一心監督と松嶋菜々子が舞台挨拶。
松嶋菜々子の登場にハイテンションで熱狂していたのは、中高年女性の観客たちだった。なるほど、こういう人たちが一番テレビドラマを見ている層なんだな、と思った。
一方の犬童監督はというと、司会の女性からの「この映画のテーマは?」、「ここを観て欲しい、という場面は?」といった定番の質問に対して、ことごとく「観る前にそんなこと喋ったら興ざめでしょう」とか「事前にあまり情報を与えるのはよくない」などと司会者泣かせのコメントを連発していたのが可笑しかった。
ネタばれ一切禁止というなら、上映後に舞台挨拶をやればノープロブレムなのだが、どうも福岡で行われる(試写会での)舞台挨拶の場合、たいていその日のうちにゲストは東京に戻ってしまうらしい。上映後だと最終便に間に合わない。私の経験した範囲でいえば、上映後に舞台挨拶が行われたのは『パッチギ』だけだ。

で本編の方は、誠実に作られた好感が持てる作品なのだが、全体として凡庸な印象がぬぐえない。邦画の最大公約数的な映画とでもいえばいいのか、「なんともフツーの映画だな」というのが一番の感想だ。キャラクター設定はありきたりだし、ストーリーに何の捻りもないうえ、ご都合主義的な展開も目立つ。
さすがに、10年ぶりの映画出演となる母親役の宮本信子の存在感は際立っている。松嶋菜々子もなかなか健闘していると思うが、あいかわらず優等生的な役に終始している点が物足りない。
あと、これは私が医療従事者だから思うのかも知れないが、「献体」のエピソードをもっと膨らませていれば、ドラマ全体に深みがでたのではないだろうか。

「眉山」の映画詳細、映画館情報はこちら >>
b0004063_1929327.jpg

ダニエラという女
    2007年 01月 20日
【シネサロン パヴェリア】
誰もが目を奪われる絶世の美女、ダニエラは飾り窓の中で生きる女。平凡で地味な男フランソワは意を決して、彼女に大胆な申し出をする。宝くじで当てた大金が底を尽くまで「僕と一緒に暮らして欲しい」と。交渉は成立し、夢のような二人の暮らしが始まる。だが、心臓の弱いフランソワには官能的なダニエラは刺激が強すぎる、と主治医であり親友でもあるアンドレに忠告されてしまう。

フランス映画の恋愛ものというと、観念的で抽象的な台詞のオンパレード、何が言いたいのかよくわからない映画が多い、というのが私の印象だが、これも例外ではなかった。

予告編の印象で、パトリス・ルコント的な、男視点のファンタジーを真面目に描いた映画だと想像していたのだが、実際は思いのほかコメディタッチ。後半はやたらドタバタして、正直、意図がわからない。
てっきり重要な伏線だと思ってた「主人公が心臓病」という設定も、途中で消えてしまったし。(最後の会話はいかにも辻褄あわせという感じで、笑ってしまった)

ダニエラという女@映画生活
「ダニエラという女」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

b0004063_1027348.jpg

幸福のスイッチ
    2007年 01月 17日
【KBCシネマ】
和歌山県田辺市で電器店を営む父。儲けにならない仕事ばかり引き受けて、家族に苦労をかける頑固オヤジの誠一郎に反発した玲は、東京へと出てきていた。イラストレーターとしてデザイン会社に入社したものの、現実は厳しく、思うような仕事は任されない。上司からのダメ出しにキレて会社を飛び出してしまった矢先、田舎から姉が入院したとの知らせが入る。急いで帰省する怜だったが、実は入院したのは誠一郎だった。姉からの生活費カンパの条件につられ、父の入院中、電器店の仕事を手伝う羽目になったのだが..

先日観た『酒井家のしあわせ』で、「こういうホームドラマは食傷気味」と書いたばかりだが、またそんなホームドラマを観てしまった。類型的なお話ながら、破綻もなく、退屈せずに済んだという程度には面白かった..という感想も前と同じ。ちなみに、どちらの作品も若手の女性監督の手によるものだ。

しっかり者の姉を演じる本上まなみ、ちょっとジコチューな次女役にして主役である上野樹里はそれぞれハマリ役だが、オーディションで選ばれた演技初心者だという中村静香が、天真爛漫で要領が良い三女役を自然に伸び伸びと演じていて、一番光っていたと思う。

映画で描かれているように、大手メーカー系列の電器店は大型量販店に押されて、どこも経営難に陥っているのだが、ちょうど手元にある文庫本『ガイヤの夜明け 終わりなき挑戦』には、そんな「町の電器店」が毎年売り上げを伸ばしている実例が紹介されている。その売り上げアップの秘策というのが、映画の「イナデン」と同じく、こまめに周辺の民家へ御用聞きに廻り、ちょっとした修理や点検を無償で行ったり、使用方法の説明などにも快く応じることだという。高齢化が進行しつつある現在、このようなアフターサービスのニーズがますます増大していくという読みである。
映画では時代遅れと思われた沢田研二の経営方針も、実は理にかなっていたわけだ。

幸福のスイッチ@映画生活
「幸福(しあわせ)のスイッチ」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

b0004063_2328786.jpg

武士の一分(いちぶん)
    2007年 01月 17日
【ユナイテッドシネマ キャナルシティ13】
三村新之丞は近習組に勤める下級武士。藩主の毒見役という不本意な役目に嫌気がさしながらも、美しい妻・加世と中間の徳平と平和な毎日を送っていた。ある日、毒見の後、新之丞は激しい腹痛に襲われる。あやうく一命はとりとめたが、意識を取り戻した時は視力を失っていた。人の世話なしで生きられなくなった身を絶望し、一度は命を絶とうとしたが、泣きすがる加世のために思い留まった。再び平穏な日々が帰ってきたと思われたが、それもつかの間。新之丞は加世が外で男と密会しているという噂を聞く..

チャンバラや合戦シーンに興味を持てない私は、これまで時代劇は敬遠しがちだった。そんな私だが、美しい夫婦愛を謳いあげたこの作品は素直に心に染みた。

ここで描かれる夫婦の関係は(時代が時代なので当然ながら)男尊女卑的ではある。それでも主人公がどれほど妻を愛しているか、二人の平穏な生活がどれほど幸福なものか、ひしひしと伝わってくる。
また彼らの住まいも小さく粗末なものだが、隅々まで手入れが行き届き、清掃されており、伝統的な日本の美が感じられる。
翻って、ずっと立派な住居に住み、皆平等な人間関係が構築されている私たちの生活はどうだろう?映画の時代より本当に豊かだといえるのか?そんな事を問いかけられている気がした。

武士の一分@映画生活
「武士の一分(いちぶん)」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

b0004063_22554081.jpg